2004年05月17日

利益

 最近の自己責任論やらWinnyの事件やらで分かってきたんですけど、流れは完全に資本主義的な色がどんどん深まる傾向にあるみたいですね。昔は「クールに考えようぜ」なんて言って、それはそれでファッションみたいに考えてるやつもいた訳だけど、最近ではファッションとか関係なく、本当に長期的に見て今の自分にとって得かどうか、ということを重視する人が増えてるように思います。
 道徳もあることはあるんだけど、その道徳だけで全てを語ることに対して危惧する人も多くて、例えば、自己責任論で言えば「彼らは偉いことをやったんだから非難するなんてとんでもない」とか、Winnyで言えば「47氏は古い著作権法を改革しようとしただけだ、問題ない」という人に対して、「もうちょっと冷静に考えてみなよ」といって合理的に考えるということです。
 こんなのは当然のことなんだけど、ある一つの主張で全ての問題を解決させようとする危ない人たちはいつの時代も存在するものなんでしょうかね。6、70年代に熱狂した左翼思想。僕は詳しくはないんですけど、「団塊の世代」と呼ばれた人たち(僕の親たちの世代)の一部は過激な活動をしてて、それを見て「あぶねーなー」なんて思っていた当時の子供たちなんかは、きっともっと合理的に考えようとか思っていたんじゃないですかね。
 そういう世代の次に今の僕たちの世代が社会に出るような歳になって、そういうときに親たちの世代をリアルタイムに見ていないためか、また「貧乏人にも財産分けろ」なんて声高に言い出す人も増えてきたのかもしれないです。んー、確かに貧乏人はいないに限るんですけどね。いや、もっと多いのは「貧乏人など認めない」って人かもしれない。つまりは「勝ち組でなきゃだめ」っての。言葉を変えれば「勝ち組も負け組みもいない」みたいな考え方も同じだしね。金持ちしか認めないのであれば、それは貧乏人の存在も否定したがってることだしさ。でもね、金持ちがいれば貧乏人もいるしさ、それが資本主義だしさ。貧乏人の俺としたら「貧乏で何が悪い」って話さ。金持ちがいるなら貧乏人もいるんだし、それはそれで仕方ない。不幸を否定はしない。そういうことです。つまりは、そういう立場を妄想でもって否定したがるのだけど、現実的にやっぱりそれを認めるしかないってことで、その上でどうやって生きていくかってことが大切だと思いますよ。それが共存だと思います。
 思えば共産主義なんてほんとに絵空事ですよ。以下、夢色テレビジョンさんの因果系の説明

いんがけい【因果系】 [名] 1 宿命的に不幸な状態におかれているものごと。 [形動] 1 生まれながらに不幸であるのに、その宿命的不幸に気づいていないさま。 2 宿命的不幸に気づき解決しようとしても、その解決手段がさらに不幸なさま。 3 自分の中にある信条・哲学・宇宙観を絶対的なものとして行動し、その正負 に関わらずそれを他人が感じ取れるくらい力が溢れているさま。

僕は[名]1、[形動]2入ってるでしょうね。[形動]1は一応気付いてるつもりなんで。
 臭い言い方すれば「幸福があるから不幸がある」んです。社会的にも、個人だけでも。
 Winnyはソフトとしては問題はないのです。しかし、ユーザーの多くは著作権を侵していたという事実は揺るがないですね。そういうことで金子氏の逮捕は妥当らしい。法的にも妥当らしい(よく分かりませんが)。Winnyを擁護する多くの人は「P2Pの技術は素晴らしい」とか言って擁護してるんでしょう。実際、問題はそこじゃないんですけどね。だから馬鹿呼ばわりされるのだけど、まあP2Pが金になるから擁護する人もいるでしょうね。
 とにかく、不幸な人が不幸を認めない限り馬鹿と言われても仕方ないですね。僕も含めて。

投稿者 arikui : 2004年05月17日 22:18 | トラックバック

コメント

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Posted by: Freda : 2008年04月04日 04:18
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