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2004年10月13日
スクール・オブ・ロック
考えてみれば凄い。"ロックの学校"である。この劇中でも散々言われているとおり、ロックの基本は反抗である。何に反抗するかというと、大物(ザ・マン)であり、その大物には学校も含まれるはずだ。そういったところで反抗を教えるとは、自ら崩壊してしまうのではないか。タイトルのまんまで考えれば、根本的に矛盾を抱えてるような気さえしてくる。
主人公デューイは自己中心的で、自分で作ったバンドからもクビにされてしまうロッカーだ。その上働きもしないから家賃も払えず、ついには友人ネッドからも急き立てられることになる。どうにかして金を稼ごうとしているデューイのもとへネッド宛の電話が。そこでデューイはネッドに成りすまし、彼は名門私立校の代用教員となる。
教員とはいえ偽物だし、そもそも彼は子供に何かを教える気は毛頭なく、教室では何もせずに過ごすだけ。そんな時、彼は音楽の授業で楽器を演奏する生徒達を見て、彼らとバンドを組もうと考える。当然騙してである。この時点でも相変わらずいい大人ではない。
だが、彼も生徒達と一緒に、そして同等に接することで仲間意識や、責任のある態度も取るようになる。例えば、バンド・バトルのオーディションのときに、生徒の一人が他のバンドのやつらと一緒にどっかに行ってしまったとき、連れて行ったやつらに激怒し、そして生徒にも強く言い聞かせるのだが、それが全然説教じみていないのだ。
それに、デューイはバンドのメンバーではない裏方の重要性も教える。ロックバンドにライブはつき物だが、それには裏方というものが非常に重要なのだ。ライブでは音楽やフロントのパフォーマンスだけが素晴らしいのではなく、照明も芸術的であるし、音響などもなくてはならない。他にも警護やマネージャー、スタイリストなんかもいたりして、子供の集団にしてはなかなか完璧である。まあ、グルーピーってのはちょっと微妙ではあるが、彼女たちにもバンド名を考えるという大きな仕事があった。
これにはロックを通しての幾つかの成長がある。ガチガチの堅物となり得た子供達がロックを学んだこと、そして糞真面目な校長や親達にもロックはやれるということ。School of Rockというバンドを通して皆が成長するのだ。そこで成長した子供や校長や親達はみな生き生きとしている。
この映画はディティールでも素晴らしいものがある。デューイの部屋(と言っても壁で仕切られてるわけではない)の装飾、黒板に書かれたロックの相関図、他にもデューイがAC/DCなどの歌詞を引用した台詞もそう。そういえば、この映画はAC/DCネタが結構な割合で含まれている。まあ、"School of Rock"だからだろう。AC/DCといえば短パン、ランドセルだから。そんなマニアでもニヤけるぐらいディティールにこだわった映画ではあるが、しかしそれを前面へ押し出すことはない。あくまでロックの精神や生徒との関わりがメインである。そこが商業的にも成功した所以だろう。
そして、主演ジャック・ブラックの素晴らしさもある。この映画における彼はほとんどがハイテンションで、見ていて圧倒される。いやもう、半端じゃない。爆発しそうなのだ。半分爆発してるといえるのだが、何とか留まっているのがプロであり凄さである。ほとんどアドリブじゃないかというぐらいの台詞やアクションで大いに笑えて、そしてこっちまでノリノリになってしまう。(そんな彼を声だけでも体感したければここ)
他にもいいところはたくさんある。子供達の演奏とか。まあ、長くなってくるんでこの辺で。ああ、個人的なお気に入りは、スタイリストの子供と、ローレンス役のロバート・ツァイ君。ロバート君は明らかに演技がやばいんだが、それがいい方向に向かっている(気がする)。そして、彼が最もロックをリアルに教え込まれた人物であろう。ギターやベース、ドラムの子役は皆ロックの演奏ができるらしいが、キーボードの彼だけクラシックである。あー、あとマネージャー役の子は実は一番年下らしい。凄いね。
投稿者 arikui : 2004年10月13日 15:22
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